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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)508号 決定

昭和五二年(ラ)第五〇八号

抗告人

株式会社井口鉱油

右代表者

井口與三郎

昭和五二年(ラ)第五一〇号

抗告人

大岩興業株式会社

右代表者

岩上利彦

右両名代理人

小柳晃

主文

原決定を取消す。

本件競落は許さない。

理由

一抗告人らの抗告の趣旨及び理由は、末尾添付の別紙記載のとおりである。

二一件記録によると、次の事実を認めることができる。

1  抗告人らは、いずれも本件任意競売事件の競売物件たる不動産の仮差押債権者であるところ、右任意競売開始決定後、執行力ある債務名義に基づいて、抗告人大岩興業株式会社においては昭和五一年一一月二五日、抗告人株式会社井口鉱油においては昭和五二年二月一七日東京地方裁判所に対し、前記不動産につき強制競売の申立をし、右各強制競売事件は、それぞれ同庁昭和五一年(ヌ)第三八三号及び昭和五二年(ヌ)第四九号不動産競売事件として本件任意競売事件に記録添付された。

2  ところで、本件任意競売事件の競売物件たる不動産に対しては滞納処分による差押が先行していたところ、競売裁判所は債権者の申請に基づいて昭和五二年二月二一日本件任意競売事件につき続行決定をしたうえ、競売期日を同年五月二〇日と指定した。

三したがつて、右競売期日は、任意競売事件及び記録添付にかかる前記各強制競売事件につき、法所定の利害関係人に対して通知されるべきものである。

1  右各事件の利害関係人表に記載されている者は、次のとおりである。

(一)  任意競売事件の利害関係人表の記載は次のとおりである。

(1) 債権者 愛宕興産株式会社

(2) 債務者兼所有者 株式会社ヒダカ・コンストラクシヨン

(3) 仮差押債権者 株式会社井口鉱油

(4) 差押債権者 渋谷都税事務所

(5) 参加差押債権者 埼玉県狭山市

(6) 仮差押債権者 大岩興業株式会社

(7) 根抵当権者 北海道拓殖銀行

(8) 同       八千代信用金庫

(9) 同 大同信用金庫(ただし、朱抹されている。)

(10) 同 東京信用保証協会

(11) 同 四谷産業株式会社

(12) 右仮差押債権者 中央信託銀行株式会社(ただし、(11)と同一欄に記載されている。)

(二)  昭和五一年(ヌ)第三八三号不動産競売事件の利害関係人表には債権者として大岩興業株式会社、仮差押債権者として債権者(申立債権と同一)との記載があり、参加差押債権者埼玉県狭山市の記載がなく、根抵当権者大同信用金庫が抹消されていず、愛宕興産株式会社が根抵当権者となつており、中央信託銀行株式会社が仮差押債権者として四谷産業株式会社と別欄に記入されているほかは、任意競売事件の利害関係人表の前記記載と同一である。

(三)  昭和五二年(ヌ)第四九号不動産競売事件の利害関係人表の記載は、債権者が株式会社井口鉱油、仮差押債権者が債権者(申立債権と同一)及び大岩興業株式会社となつているほかは、昭和五一年(ヌ)第三八三号不動産競売事件の利害関係人表の前記記載と同一である。

(四)  したがつて、記録添付にかかる各強制競売事件の各利害関係人表の記載を便宜上、任意競売事件の利害関係人表に転記統合すると、同表の利害関係人の記載のうち、(3)、(6)の「仮差押債権者」をそれぞれ「昭和五一年(ヌ)第三八三号債権者。仮差押債権者(申立債権と同一)」及び「昭和五二年(ヌ)第四九号債権者。仮差押債権者(申立債権と同一)」とし、その余は同表記載のとおりとする前記(1)ないし(12)の一二名ということになる。

2  しかして、任意競売事件及び各強制競売事件の記録中には、本件競売期日通知が発せられた利害関係人を個別的に特定できる記載がないけれども、任意競売事件記録中の利害関係人に対する本件競売期日通知書の控(昭和五二年四月五日付)に、利害関係人表記載の利害関係人に対して通知済なる旨の記載があることと、任意競売事件記録の予納郵便切手保管袋に、昭和五二年四月六日競売期日通知分として郵便切手三五〇円を使用している旨の記載があることからすると、本件競売期日通知は、普通郵便によつて七名の利害関係人に対して発せられているものであることが推知できる。

四以上のとおりであつて、利害関係人表記載の前記一二名のうち、現実に本件競売期日通知が発せられた七名は、これを一件記録のみによつては確知することができないから、右の七名については、法律の規定その他抗告人らの提出にかかる資料等を斟酌総合して認定せざるをえない。

1  そこで、先ず法律の規定上、一般に競売期日の通知をなすことが必要とされているものをみると、前記(1)は競売法二七条四項一号の申立人、(2)は二号の債務者兼所有者、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)は三号の登記簿に記入したる不動産上の権利者、(12)は(11)の根抵当権の被担保債権に対する仮差押債権者であつて、その性質上三号の権利者、にそれぞれあたり、競売期日通知を要するものである。(3)、(6)の抗告人らは記録添付の以前においては仮差押債権者に止まるから、利害関係人にあたらないと解すべきであるが、記録添付の以後においては民事訴訟法六四八条一号の差押債権者として本件任意競売手続上、競売法二七条四項一号の申立人に含めて取扱うべきものであつて、競売期日通知を要するものである。(4)、(5)の滞納処分庁は競売期日通知をしなくとも差支えないものと解すべきである。

すなわち、本件競売期日通知をなすことを必要とするものは、(1)、(2)、(3)、(6)、(7)、(8)、(9)、(10)、(11)、(12)の一〇名ということになる。

2  ところが他方、抗告人らの提出にかかる資料、特に抗告人大岩興業株式会社及び抗告人らの代理人弁護士事務所備付の受信簿と認められる各書類の記載によると、抗告人ら及びその代理人弁護士において本件競売期日通知を受領している形跡が認められない。

3  以上の事実から判断すると、本件の担当書記官は、本件競売期日通知をなすにあたり、その相手方とすべきものを任意競売事件の利害関係人表の前記記載のみに基づいて認定し、一般に競売期日通知を要しない(4)、(5)の滞納処分庁と、右利害関係人表上朱抹されている(9)を除外し、かつ、(3)、(6)の抗告人らについては、添付債権者として競売期日通知をなすべきものであることを看過し、結局(1)、(2)、(7)、(8)、(10)、(11)、(12)の七名に対して通知をなしたものと推認するよりほかないものといわざるをえない(ただし、(11)に対して通知を発していることは任意競売記録上明白である。)。

五ところで、利害関係人に対する競売期日通知は、利害関係人の利益を保護するために競売期日の手続に参加する機会を保障する競売法二七条所定の手続要件であるから、利害関係人に対する競売期日通知を欠いたまま当該競売期日を開き、右期日における競買申出人に対して競落を許したときは、競売期日通知の欠缺によつて競売期日及び競落期日を知らなかつたため競落期日に出頭して競売期日通知の欠缺を理由に競落許可に対して異議を述べることのできなかつた当該利害関係人は、競売法三二条、民事訴訟法六八一条二項、六七二条一号後段に基づいて、競売期日通知の欠缺の事実をもつて競落許可決定に対する即時抗告の理由とすることができるものと解するのが相当である。

本件において、本件競売期日通知が前示のとおり抗告人らに対してなされていない事実及び〈証拠〉を総合すると、抗告人らは、その代理人弁護士が昭和五二年六月二一日本件競売事件記録を閲覧するに及んで初めて本件競売期日及び競落期日が指定され、本件競落許可決定がなされている事実を知るに至つたものであることが認められるから、抗告人らは、本件競売期日通知がなされていない事実を抗告理由として主張できるものというべきである。

六しかるところ、本件競落許可決定は昭和五二年五月二四日言渡されたものであるから、本件各即時抗告は、いずれもこれに対する即時抗告の期間経過後に申立てられたものであることが明らかである。

しかしながら、本件各即時抗告の申立は、次に示すとおり民事訴訟法一五九条に則つて、いずれも適法なものと解すべきである。すなわち、任意競売事件記録によると、前示のとおり本件任意競売については滞納処分による差押が先行していたため、競売開始決定(昭和五一年一一月八日)後、債権届出がなされた段階で任意競売手続の進行は制限されており(徴税吏員に対する通知は同月二〇日)、抗告人らの代理人弁護士において昭和五二年一月三一日本件競売事件記録を閲覧していることが認められるから、抗告人らとしては、爾後、先行差押の解除もしくは競売手続続行決定がなされた旨の通知(滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する規則一六条一項、二〇条)がされないかぎり、任意競売手続の続行は制限されたままとなつていると考えるのが当然というべきである。しかるに、本件競売裁判所は、その後昭和五二年二月三日の債権者の申請に基づいて前示のように同月二一日競売手続続行決定をしたにも拘らず、利害関係人たる抗告人らに対してその旨の通知をしたとは認められないのである(右通知は前掲規則三条、一、二項によると、裁判所書記官が相当と認める方法ですることができ、通知をしたときは、裁判所書記官は、その旨及び通知の方法を記録上明らかにしなければならないのであるが、本件任意競売事件記録中には、かかる特段の記載がなく、ただ予納郵便切手保管袋に和五二年二月二一日続行決定分として郵便切手一五〇円を使用した旨の記載があるのみである。右記載からすると、本件競売手続続行決定は、普通郵便をもつて三名の者に対して通知されたものと認められるが、一般の取扱に従えば、続行決定の申請人、債務者兼所有者、先行の滞納処分による差押をしている徴税吏員に対して告知されたものと推測できる程度で、記録上確認できるわけのものではなく、少くとも抗告人らに対して通知されたものということはもとよりできない。)。これに加えて、抗告人らに対して本件競売期日通知を欠いていると認められることは前示のとおりである。

かように、利害関係人に対する利益保護のために法が特に個別的になすべきことを要求している右の各通知をなすことを本件競売裁判所が履践していない以上は、抗告人らにおいて競売手続が制限されたままの状態となつていると考えるのは無理からぬことであり、たとえ本件競売期日について掲示場あるいは新聞による公告がなされており、または関係記録を閲覧しようと思えば可能であつたとはいえ、抗告人らに対して、これらによつて本件競売期日の指定ないしは本件競落許可決定がなされていることを知り得たとすることは、難きを強いるものといわなければならない。

してみれば、抗告人らは、本件即時抗告につき、その責に帰すべからざる事由によつて不変期間を遵守できなかつたものというべきであり、かつ、その事由がやんだのは抗告人らの代理人弁護士が本件競売事件記録を閲覧して本件競落許可決定がなされていることを知つた前記昭和五二年六月二一日というべきであるから、その後一週間内にした本件各即時抗告については、いずれも追完を許すのが相当である。

七よつて、本件各即時抗告の申立は適法であり、かつ利害関係人である抗告人らに対して競売期日通知を発しないでした本件競売手続は違法であつて本件各即時抗告は理由があるので、原決定を取消し、右違法な手続に基づく本件競落はこれを許さないこととして、主文のとおり決定する。

(安岡満彦 内藤正久 堂薗守正)

抗告の趣旨〈省略〉

抗告の理由〈省略〉

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